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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3406号 判決

原告 小野商事合資会社

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の求める裁判

「被告は原告に対し金四十六万五千九百九十円及びこれに対する昭和三十一年五月三十日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

第二、被告の求める裁判

主文と同趣旨の判決。

第三、原告の主張

一、原告は昭和二十八年八月十八日長野地方裁判所に対し長野営林局長を相手取り、同局長が同年五月三十日長野県西筑摩郡開田村大字西野字三ツ森五千三百三十九番の一山林十町四反三畝二十四歩、同所同番の二山林二十二町七反九畝二十五歩、同所五千三百四十番の一山林十一町三反二畝十二歩、同所同番の二山林十四町九反二畝十三歩及び同所同番の三山林十三町七反七畝十二歩を訴外開田村に売り払つたのは国有林野整備臨時措置法に違反する違法処分であるとの理由に基き、行政事件訴訟特例法第一条により右売払処分の取消を求める訴(同裁判所昭和二十八年(行)第四号事件、以下「別件訴訟」という)を提起したが、その際原告は、別件訴訟は民事訴訟用印紙法第三条第一項にいわゆる「財産権上ノ請求ニ非サル訴訟」に当ると考え金三百十円の印紙を貼用して訴状を提出した。しかるに、同裁判所は別件訴訟につき準備手続終結后昭和二十九年三月十三日別件訴訟は同条所定の訴訟には該当しないとの理由で決定をもつて原告に対し金四十六万五千九百九十円の印紙の追貼を命じた。原告は、この命令は不当であると考えたけれども、これに従わないで訴状却下の裁判を受けこれに対する上訴により上級審の判断を仰ぐという方法により原告の考を通すには時間的余裕に乏しかつたので不本意ながら一応右命令に従い、昭和二十九年四月五日命ぜられたとおりの印紙の追貼をした。

二、しかしながら別件訴訟は行政庁の違法処分の取消を求める訴、従つて行政処分の適否を訴訟物とする訴であり、且つその処分の取消は直接原告に財産的利益をもたらすものではないから、民事訴訟用印紙法第三条第一項所定の非財産権上の訴訟に該当するのである。従つてこの訴状に貼用すべき印紙は金三百十円で足り、后に追貼された分は被告が法律上の原因なくして不当に利得するとともに、その反面原告はこの被告の利得によつてこれと同額の損害を被つたものというべきである。

三、よつて、被告に対してその受けた利益金四十六万五千九百九十円の返還及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十一年五月三十日からその返還の済むまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。

第四、被告の主張

一、原告主張の第一項の事実は認める。

二、同第二項の主張は争う。別件訴訟は財産権上の訴訟である。

被告が原告主張の追貼印紙と同額の利益を受けたのはその主張の追貼命令を法律上の原因とするものであるから同命令が現在も有効に存続している以上、被告の右利益は不当利得とはならない。

第五、証拠

原告は甲第一号証を写で提出し、被告はその原本の存在及び成立を認めた。

理由

一、原告主張の第一項の事実は当事者間に争がない。

二、よつて案ずるに、訴状にいくばくの印紙を貼用すべきかは一応抽象的に民事訴訟用印紙法において定められているけれども、個々の具体的訴訟が果して同法第二条所定の財産権上の請求に係るものであるか或は同法第三条所定の非財産権上の請求に係るものであるか、更に又、財産権上の請求に係るものであるときその訴訟物の価額がいくばくであるかは結局この訴状を受理した裁判所(訴状が被告に送達される前は裁判長)の判断によつてこれを決するよりほかはなく、裁判所ないし裁判長の判断により印紙の追貼を命ずる裁判のあつたときは、この裁判は訴状にいくばくの印紙が貼用さるべきかについて規範的効力を有するものであるから、この裁判が、訴提起により国の受くべき印紙の貼用についての法律上の原因をなすものといわなければならない。従つて仮にこの裁判に違法の節があるにしても、これが取り消されることなく有効に存在する以上は、同命令により国が印紙の追貼を受けたことは以て不当に利得したものとする余地はないのである。

三、被告が別件訴訟について金四十六万五千九百九十円の印紙の追貼を受けたのが受訴裁判所たる長野地方裁判所のした印紙の追貼命令(本件を通じてこの命令の取り消されたことを認めるべき証拠はないから、その命令は現在も有効に存続しているものとするほかはない)に基くものであることは原告の自ら主張するところであるが、さすれば、別件訴訟が非財産権上の訴訟であると否とに拘らず、右印紙の追貼により被告においてこれと同額の不当利得をしたといい難いことは先の説示により明瞭であるから、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 古関敏正 山本卓)

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